【手品・CM】ポール・モーリアPaul MauriatがBGMの帝王だったころ

マジックショーのBGMといえば、今でもおなじみの「チャチャラ、ラララーン♪」のメロディー、そうポール・モーリアの「オリーブの首飾り (El Bimbo)」を思い浮かべるのではないでしょうか。

この曲以外にも、昭和40年代の日本はテレビコマーシャルや番組のコーナーや天気予報から、スーパーマーケットや商店街、飲食店のBGMにいたるまで、ポール・モーリアの楽曲で満ち溢れていました。

代表的な楽曲と使用先を調べてみました。どれも懐かしい曲ばかりなので、是非聴いてみてください。

                      • 恋はみずいろL’amour Est Bleu “Love Is Blue” 1967年

                    • 口笛の鳴る丘 (Siffler Sur La Colline “Uno Tranquillo”) 1968年

                      ニッポン放送「玉置宏の笑顔でこんにちは」のコーナー企画“晴れ晴れリクエスト”テーマ

                  • エーゲ海の真珠 (Penelope “L’eternel Retour”) 1970年

                    ファッションブランド「ROPE(ロペ)」やメルシャンワインのCM曲、TBS系ラジオ番組「林美雄のパックインミュージック」第2部エンディング。
                    カネボウ食品のチョコレート菓子「エーゲ海の真珠(PEARLS OF THE AEGEAN SEA)」発売、そのCM曲。

                  • 想い出のランデブー (Rendez-Vous Au Lavandou) 1972年

                    日本テレビ「あすの全国の天気」で1980年から10年間に亘りBGMとして使用

              • 涙のトッカータ (Toccata) 1973年

              • 天使のセレナード(La Chanson Pour Anna) 1973年

                NHKの音楽番組「世界の音楽」のテーマ曲

        • オリーブの首飾り (El Bimbo) 1975年

          メルシャンワインCM、日本テレビ系深夜番組「11PM」のコーナーBGM、手品

      • 薔薇色のメヌエット (Minuetto) 1975年

        TBSテレビのドラマ「女の言い分」のテーマ曲

      • そよ風のメヌエット (Petite Melodie) 1977年

        メルシャンワインCM

  • 愛のカフェテラス (Hot On The Scent “Ai No Cafe Terrase”) 1982年

    UCCコーヒーCM

いかがですか、どの曲もこれを聴いていた頃の空気がよみがえってくるような、そんな思い出のある名曲ばかりです。メディアで使用されただけでなく、個人商店や町の商店街等で繰り返し流されて耳になじんだ曲も少なくありません。

日本音楽著作権協会(JASRAC)が楽曲の無断使用を厳しく取り締まるようになったのが昭和の終わりの頃ですが、それ以前の日本には色々な音楽が街にあふれていたものです。そうやって人口に膾炙してやがて国民的な大ヒットとなった楽曲もたくさんあった時代でした。

>ポール・モーリア全集   CD2枚組24曲

価格:1,575円
(2017/2/20 19:48時点)
感想(0件)

>【送料無料】 Paul Mauriat ポールモーリア / プレミアム・ツイン・ベスト ポール・モーリア/恋はみずいろ(2CD) 【CD】

価格:1,852円
(2017/2/20 19:53時点)
感想(0件)

>ポールモーリアの世界 CD全10巻【一括払い】

価格:29,800円
(2017/2/20 19:53時点)
感想(0件)

【半ドン】土曜日の午後のあの開放感はもう二度と味わうことができない。

あの頃小学校は土曜日も午前中授業がありました。4時限で終わると昼食は食べずに帰宅したいわゆる半ドンでした。

家の方角が同じ級友と、高く上ったお日様に照らされたアスファルト道路を、いつもより時間をかけてふらふらと帰ったものです。

川に魚釣りに行こうか、それとも日曜日に買ってもらったゴム動力の模型飛行機をやっつけるか。午後の予定をあれこれ算段しながらの帰り道の開放感、日曜日まるまる一日と土曜の午後をまだ手付かずでストック出来ている安心感と相まって、今ではもう味わうことのできない恍惚感に似た感覚をおぼえています。

 

半ドンはいつ頃無くなったのか調べてみました。

(1)1992年9月12日から公立小中学校及び高等学校の多くで毎月第2土曜日が休業日に。

(2)1995年4月22日からは第2土曜日に加え第4土曜日も休業日となる。

(3)2002年4月6日から公立小中学校及び高等学校の多くで毎週土曜日が休業日となり完全な週5日制となった。

このように3段階、10年かけて半ドンは絶滅させられたようです。1992年といえば我々はもう立派な社会人になっていますから、思い出の中の土曜日はいつも半ドンなのです。

 

そんな半ドンの土曜日、昼ごはんに何を食べていたのか思い出してみます。あくまでも私個人の経験ですから、皆さんそれぞれに思い出のお昼ご飯があることでしょう。

 

 

  • 焼き飯

炒飯ではなく焼き飯(やきめし)です。あのころはまだ味覇のような中華調味料は業務用でしかなく、一般家庭では炒飯ではなく焼き飯を作っていたと思われます。味付けは塩コショウ、具は冷蔵庫の残り野菜とひき肉といったところでしょうか。味が薄い時は醤油をたらした記憶あり。

  • そうめん

夏場のおひるはそうめんがダントツですが、夏場は夏休みになるので土曜日のお昼にはあまり食べなかったかもしれません。数本混じっている色つきの麺を、兄弟で奪い合いしたものです。馬鹿ですね。

  • インスタントラーメン

ちょうど袋麺全盛の頃です。我が家の定番は「チャルメラ」と「出前一丁」でした。後に「ハウスシャンメン たまごめん」や「本中華」「楊夫人(マダムヤン)」なんかも食べた記憶がありますが、この三つは今ではもう残っていません。



  • カップめん

カップヌードルの登場は昭和46年。ただ保守的な母親のもと食事としては認められませんでした。私は西日本で育ったので、初めてのカップめんはカップヌードルではなく、「金ちゃんヌードル」でした。

半ドンのお昼ご飯の思い出、東京生まれの友人は「オムライス」だそうです。彼女はお嬢さんでした。

将来のことを気に病んだりせずただ目の前にある休日に胸躍らせながら、母の作った焼き飯をもう一度食べてみたいものです。

>金ちゃんヌードル(1コ入)【金ちゃん】[金ちゃんヌードル]

価格:125円
(2017/2/20 19:45時点)
感想(23件)

>【送料400円】金ちゃんヌードル 4種類セット

価格:1,973円
(2017/2/20 19:47時点)
感想(2件)

【CanCam】君はレラーニをおぼえているかい。ハワイから来たハーフのモデルを。

アグネス・ラムは早すぎた(ブームの頃まだ小学生で意味がわからなかった。同じアグネスでもアグネス・チャンの方なら理解できました。)私ですが、高校生になった私の前に突如降臨したハワイからの贈り物が「レラーニ」だったのです。

当初は女性ファッション雑誌キャンキャンの専属モデルとして表紙を飾ったりしていました。私は男ですが思い余ってキャンキャンを買ったことがあります。そんな僕をみて、私の母親はどう思ったのでしょうか。

その後花王のピュアシャンプーのTVCMにも出演して全国区に。

彼女のことを調べてみると、残念ながらあまり情報がありません。

本名:コリーン・オー(岡田)・レラーニ

父親:日本人

母親:アメリカ人

1982年当時(84年の情報も)16歳ですから、1966年生まれ。現在50歳!

なんと、私と同い年じゃないですか!

青春の日々を熱く焦がした思い出のレラーニ。30年以上経った今、二人が同い年だと知ってちょっとだけ胸がキュンとしちゃいました。