【死語?】「東洋一の○○」の称号、ちかごろほとんど耳にしなくなりました。

巨大なダムや大規模な団地の凄さをあらわす特別な称号「東洋一の○○」。最近ほとんど使われなくなったと思いませんか。

私にとっての「東洋一」はなんと言っても若戸大橋です。北九州市にある巨大なつり橋。まだ私が幼稚園児の頃に、大好きな祖父に手を引かれて戸畑から歩いて渡った赤い大きな吊橋です。青い空と海の間に横たわる巨大な赤い建造物は、「ウルトラセブン」の怪獣を連想させてくれました。

そもそもなぜ「東洋一」の称号がよく使われていたのでしょうか。昭和40年代と言えば、まだ終戦から20年しか経っていない頃。欧米列強に完膚なきまでに叩きのめされた日本人にとって、西洋に対するコンプレックスは根強かったことでしょう。終戦からわずかの年月で奇跡的な復興を遂げた日本ですが、まだ「世界一」を名乗るにはあと一歩たりません。しかし「日本ここにあり」と言う矜持のようなものが「東洋一」を名乗らせたのではないでしょうか。

終戦からまだ20年、復員した戦争経験者たちが現役で活躍していたあの頃、さかんに使われた「東洋一」の称号。ひょっとすると敗戦によってついえた「大東亜共栄圏の夢よ再び」といった意味もこめられていたのではないでしょうか。将校として南方前線で終戦を迎えた祖父。幼い私に「東洋一のつり橋」の説明をしながら、とても誇らしげだったのを今でもはっきりとおぼえています。

他にも私の知っている「東洋一」をいくつか見てみます。

高島平団地

東京都板橋区の高島平団地。入居開始は1972年(昭和47年)それまで田畑しかなかった広大な敷地に総戸数10,170戸の巨大な都市が生まれました。あの頃盛んに作られたニュータウンと同じく、現在では住民の高齢化が問題となっています。

 中野ブロードウェイ

東京都中野区、中野駅北口にある複合ビル。低層階はショッピングセンター、中・高層階は集合住宅となっている。地下1階から地上4階までは商業施設、5階以上は住宅施設になっている。実はこの住宅棟は屋上庭園やプールのある高級マンションで、タレントで政治家の青島幸男、歌手の沢田研二、俳優の岸部一徳など数多くの有名人が入居していました。
ちなみに地下にある駐車場は、大型化した現在の車格に合っていないので入れるのが難しいです。

【水飲み鳥】家具調テレビの上やサイドボードに生息していたあの鳥をおぼえているか。

 

 

「水飲み鳥」で検索してここにたどり着いた方、ご苦労様。昭和40年代、テレビの上やサイドボードやショーウィンドの飾りとして、日本中を席巻した鳥のおもちゃ。50歳前後の方なら必ず見たことがあるのに正式名称が良くわからない。水を飲み続けるので「水飲み鳥」そのまんまですがこれでヒットします。

 

調べてみると商品名としては「平和鳥」「幸福鳥」「ハッピーバード」「ドリンキングバード」「ラッキーバード」等があったようです。大手玩具メーカーが商品名をつけて独占的に販売していたのでは無く、オリジナルもコピーも区別付かないカオスのような状況で、玩具店から夜店まであらゆる場所で売られていたのでしょうか。

1952年に考案されたこのおもちゃ、昭和40年代に爆発的な流行を迎えます。最盛期にはアメリカにも輸出されていたといいます。

 

 

 

電池等の動力無しに半永久的に水を飲み続けるこの水飲み鳥。ほのぼの系のルックスとは裏腹にそのメカニズムは意外にアカデミック。熱力学の法則に基づいて動いているそうです。

 

鳥の中に入った色つきの液体は揮発性の高いエーテル。腹部で気体となって液体を頭部に押し上げます。するとその重みによって頭を下げて水を飲むしぐさをします(実際は飲んでいません)。水によって冷やされたエーテルの蒸気が再び液体となり腹部に戻り頭を上げます。頭部を冷やす水を供給し続ければ、理論的にはこの動きは止まることなく続きます。

かの偉大な物理学者アインシュタインが日本から来たこの水飲み鳥をみて、永久機関では無いかと大いに驚いたエピソードもあるそうです。

この水飲み鳥、いまでも購入することが可能です。当時は日本で作っていましたが、今はほとんどが中国製。まるでししおどしのような、のんびりとしたアクション。右肩上がりに成長していた昭和40年代よりも、今の時代にぴったりな癒し系ではないでしょうか。

 

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