【SASSON】ディナージーンズでディスコに繰り出す70年代後半のサーファー

それまでのジーンズは作業着にルーツを持つ、ラフでカジュアルなファッションアイテムでした。そんなジーンズをディナーにも着用できるようなドレッシーなアイテムに変えたのがディナージーンズ、(デザイナージーンズ)でした。

デザイナーとしてはじめてジーンズを取り上げたのがカルバン・クライン。1977年に女優のブルック・シールズを起用した広告のキャッチコピー「カルバンのジーンズと私の肌の間には何も入れない」(ノーパンって意味か?)によって爆発的なヒット。様々なデザイナーがディナージーンズのデザインを手がけ、これまでのジーンズユーザーとは異なる客層を開拓することに成功しました。

70年代の後半から80年代の初めの日本では第二次サーファーブームの真っ只中。SASSON(サスーン、今はサッソンと呼ぶ?)が一番人気。サイドのステッチやバックポケットの派手な刺繍、今のジーンズとちがって深い股上が特徴です。

「足が長く見える」(当時の日本人にとって重要でした)デザインにウエスタンブーツを合わせてさらに足を長く見せるのが着こなしの肝でした。そして六本木のスクエアビルや渋谷のCANDY CANDYに繰り出したのでした。

【CanCam】君はレラーニをおぼえているかい。ハワイから来たハーフのモデルを。

アグネス・ラムは早すぎた(ブームの頃まだ小学生で意味がわからなかった。同じアグネスでもアグネス・チャンの方なら理解できました。)私ですが、高校生になった私の前に突如降臨したハワイからの贈り物が「レラーニ」だったのです。

当初は女性ファッション雑誌キャンキャンの専属モデルとして表紙を飾ったりしていました。私は男ですが思い余ってキャンキャンを買ったことがあります。そんな僕をみて、私の母親はどう思ったのでしょうか。

その後花王のピュアシャンプーのTVCMにも出演して全国区に。

彼女のことを調べてみると、残念ながらあまり情報がありません。

本名:コリーン・オー(岡田)・レラーニ

父親:日本人

母親:アメリカ人

1982年当時(84年の情報も)16歳ですから、1966年生まれ。現在50歳!

なんと、私と同い年じゃないですか!

青春の日々を熱く焦がした思い出のレラーニ。30年以上経った今、二人が同い年だと知ってちょっとだけ胸がキュンとしちゃいました。