【SASSON】ディナージーンズでディスコに繰り出す70年代後半のサーファー

それまでのジーンズは作業着にルーツを持つ、ラフでカジュアルなファッションアイテムでした。そんなジーンズをディナーにも着用できるようなドレッシーなアイテムに変えたのがディナージーンズ、(デザイナージーンズ)でした。

デザイナーとしてはじめてジーンズを取り上げたのがカルバン・クライン。1977年に女優のブルック・シールズを起用した広告のキャッチコピー「カルバンのジーンズと私の肌の間には何も入れない」(ノーパンって意味か?)によって爆発的なヒット。様々なデザイナーがディナージーンズのデザインを手がけ、これまでのジーンズユーザーとは異なる客層を開拓することに成功しました。

70年代の後半から80年代の初めの日本では第二次サーファーブームの真っ只中。SASSON(サスーン、今はサッソンと呼ぶ?)が一番人気。サイドのステッチやバックポケットの派手な刺繍、今のジーンズとちがって深い股上が特徴です。

「足が長く見える」(当時の日本人にとって重要でした)デザインにウエスタンブーツを合わせてさらに足を長く見せるのが着こなしの肝でした。そして六本木のスクエアビルや渋谷のCANDY CANDYに繰り出したのでした。

【バブル】メンソールのタバコが流行りました。ED(インポ)になるとの噂も。

「メンソールの長い煙草をためいきで吸いながら~♪」とんねるずの「歌謡曲」で歌われたほど、80年代半ば若者を中心にメンソールタバコが流行していました。あの頃は喫煙人口も今とは比べ物にならない程多く、飲食店はもちろん、駅や列車内、飛行機にも灰皿が設置されていて、普通にタバコを吸っていた時代です。

当初メンソールのタバコはサーファーの間で流行っていましたが、ファッションとしてのサーファールックの広がりと共に、サーファー以外の若者の間でも吸われるようになったんだと思います。

私もあの当時マルイのカードで分割払いしたDCブランドのスーツで身を固め、六本木のディスコに出入りするようになり、洋モクのメンソールタバコを吸っていました。入手しづらい銘柄を吸っている時は、夜遊びに出かける前に予備を1箱用意するのがたしなみだった時代。あの頃日本で手に入ったメンソールタバコを見てみましょう。


セーラムライトSalem Light

定番中の定番。一番手に入りやすい洋モクのメンソールタバコでした。ソフトパックとボックス、長さは85㎜とロング100㎜がありました。当時の価格はレギュラーサイズが280円でした。入手難易度:5

 


セーラム Salem

緑色のパッケージが鮮やかなレギュラーのセーラム。セーラムライトよりも入手が困難でした。長さや価格はライトと同じです。入手難易度:3


カールトン Carlton

低タール低ニコチンでタバコとしては薄味で、その分メンソールが強烈でお菓子のようなタバコでした。自販機でも入手可能。ロングサイズのみで280円でした。入手難易度:4


クール KOOL

吸っている人は周囲にいませんでしたが、六本木のディスコでクール・アンド・ザ・ギャングのメンバーに遭遇した時、ウェイターに頼んだタバコがこの「KOOL」でした。うそのような本当の話。入手難易度:3


モア MORE

洋モクが充実したお店には置いてあったのですが吸ったことはありません。葉巻のような茶色の巻紙で120㎜の超ロングサイズ。グレース・ジョーンズなら似合いそうです。入手難易度:1

 
サムタイム・サムタイムライト SomeTime・SomeTimeLight

国産のメンソールタバコ。サムタイムはニコチンがきつく当時は「ゲロの味がする」と言われていました。サムタイムライトは出先でセーラムライトを切らした時の緊急避難としてごくたまに登板しました。入手難易度:5

マルボロメンソール Marlboro Menthole

緑色のマルボロ、当時は国内では手に入りませんでした。海外旅行のお土産リクエストナンバーワンです。カートンで買ってきてもらったマルボロメンソールを1箱ずつ配ったものです。入手難易度:0

 

メンソールタバコはED(インポ)の原因になる?

SNSはおろか、インターネットすら無かったあの頃、なぜかみんな知っていた噂です。実際はメンソールタバコが良くないのではなく、タバコそのものが血管の収縮をさせるため男性機能に悪影響があるそうです。メンソールタバコは吸いやすいので普通の煙草よりも深く肺に入れ、さらに本数も増える為このような都市伝説が生まれた説が有力です。
私はタバコを止めて15年経ちますが、喫煙した頃よりもいろいろな意味で元気です。

【CanCam】君はレラーニをおぼえているかい。ハワイから来たハーフのモデルを。

アグネス・ラムは早すぎた(ブームの頃まだ小学生で意味がわからなかった。同じアグネスでもアグネス・チャンの方なら理解できました。)私ですが、高校生になった私の前に突如降臨したハワイからの贈り物が「レラーニ」だったのです。

当初は女性ファッション雑誌キャンキャンの専属モデルとして表紙を飾ったりしていました。私は男ですが思い余ってキャンキャンを買ったことがあります。そんな僕をみて、私の母親はどう思ったのでしょうか。

その後花王のピュアシャンプーのTVCMにも出演して全国区に。

彼女のことを調べてみると、残念ながらあまり情報がありません。

本名:コリーン・オー(岡田)・レラーニ

父親:日本人

母親:アメリカ人

1982年当時(84年の情報も)16歳ですから、1966年生まれ。現在50歳!

なんと、私と同い年じゃないですか!

青春の日々を熱く焦がした思い出のレラーニ。30年以上経った今、二人が同い年だと知ってちょっとだけ胸がキュンとしちゃいました。

【水飲み鳥】家具調テレビの上やサイドボードに生息していたあの鳥をおぼえているか。

 

 

「水飲み鳥」で検索してここにたどり着いた方、ご苦労様。昭和40年代、テレビの上やサイドボードやショーウィンドの飾りとして、日本中を席巻した鳥のおもちゃ。50歳前後の方なら必ず見たことがあるのに正式名称が良くわからない。水を飲み続けるので「水飲み鳥」そのまんまですがこれでヒットします。

 

調べてみると商品名としては「平和鳥」「幸福鳥」「ハッピーバード」「ドリンキングバード」「ラッキーバード」等があったようです。大手玩具メーカーが商品名をつけて独占的に販売していたのでは無く、オリジナルもコピーも区別付かないカオスのような状況で、玩具店から夜店まであらゆる場所で売られていたのでしょうか。

1952年に考案されたこのおもちゃ、昭和40年代に爆発的な流行を迎えます。最盛期にはアメリカにも輸出されていたといいます。

 

 

 

電池等の動力無しに半永久的に水を飲み続けるこの水飲み鳥。ほのぼの系のルックスとは裏腹にそのメカニズムは意外にアカデミック。熱力学の法則に基づいて動いているそうです。

 

鳥の中に入った色つきの液体は揮発性の高いエーテル。腹部で気体となって液体を頭部に押し上げます。するとその重みによって頭を下げて水を飲むしぐさをします(実際は飲んでいません)。水によって冷やされたエーテルの蒸気が再び液体となり腹部に戻り頭を上げます。頭部を冷やす水を供給し続ければ、理論的にはこの動きは止まることなく続きます。

かの偉大な物理学者アインシュタインが日本から来たこの水飲み鳥をみて、永久機関では無いかと大いに驚いたエピソードもあるそうです。

この水飲み鳥、いまでも購入することが可能です。当時は日本で作っていましたが、今はほとんどが中国製。まるでししおどしのような、のんびりとしたアクション。右肩上がりに成長していた昭和40年代よりも、今の時代にぴったりな癒し系ではないでしょうか。

 

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